本が教えてくれること。

本と映画と、ときどき私。

本当にコミュニケーション能力があるということ

 

世の中の人が思う『コミュ力が高い』は「おしゃべりができる」というイメージのような気がする。でもそれはちがうと思う。

 

本当に『コミュ力が高い』『コミュニュケーション能力がある』って「受け取ること」ができる人のことをいうのだと思う。

 

コミュ力が高そうに見える人って

誰にでも話しかけれて、ものすごく喋れて、自分の意見をズバズバいうような感じ。

 

わたしはそんな人たちをコミュニケーションおばけ&コミュニケーションモンスターって呼んでいるんだけど、実際に質の高いコミュニケーションが取れているかというと取れていないんだよなー。

 

総じて「聴く」のが下手くそ。

 

大学の時にも、友達が多くて、社交的なイメージがあって、話すとすごい勢いで喋ってくる人がいたんだけど一方的に話すことが多いからコミュニケーションにならないんだよなぁ。

 

こっちの話すことを受け取ってくれないので、モヤモヤするし、あんまり会話に中身がないので疲れる。笑

 

もちろん合う合わないもあるけどだいたい会うと疲れる人が多いイメージ。

 

 

芝居やカウンセリングのときに大事なことは「受け取る力」と学んだことがある。話すことは誰でもけっこうできるんだけど、相手が話していることを「受け取る」ってけっこう難しいんだってー。

 

いざ「受け取る」ことを意識してもなかなか難しいからね。心から聴くのって難しい。

 

 

でもコミュニケーションにおいて、相手に受け取ってもらえないとすごくストレスが溜まるんだよね。(なので逆に、ものすごく喋る人は小さい時から親などにきちんと話をきいてもらっていないのかもしれない)

 

この人と喋ってて心地がいいなーってときは「きちんと受け取られてる」という実感だと思う。そんなときに「あぁ、いま、コミュニケーションがうまくいっているなあ」とわたしは感じる。

 

 

この記事で何が言いたいかって

あんまり喋りが上手じゃないからって「わたしコミュ障だから…」なんて思わなくていいのにーということかな。

 

頑張って喋ろうとするとついつい相手をおいてけぼりにしちゃいがちだし、「受け取ろう」という心がけさえあれば相手がコミュニケーション能力がある人ならぜんぜん大丈夫だと思う。

 

コミュニケーションモンスターの人の言葉を「受け取ろう」とすると疲れると思うのでやめたほうがいいと思うけど、

 

「受け取ることができる人」×「受け取ることができる人」のコミュニケーションってたぶんあっさりしててすごくちゃんとコミュニケーションという形になってるんじゃないかなーって思うので。

 

ということを、なんだか就活系のツイートをみていて思ったのでした。

 

受け取ることだいじ。

 

 

 

【本】出来ない=悪じゃない!『誰も知らない名言集』リリーフランキー

 

ダラッとかく。

 


小さい頃から、なんでもそつなくこなせてきた。
勉強もスポーツも人付き合いも、まぁまぁそれなりに平均より上をザラっとして生きてきた。苦手なことも特になく、悩んだこともない。


しかし、大人になってから思う。
「なんでもできるけど、なにもできない」そんな感情がいまここにある。

なんでもできると言っているけれど、秀でて何かができるわけではない。気づいたときには遅かった。ただの特徴のない人間になっていたのだった。がーん。



『誰も知らない名言集』リリーフランキー

増量・誰も知らない名言集 (幻冬舎文庫)

増量・誰も知らない名言集 (幻冬舎文庫)

 

 

もし、本当に才能というものがあるのだとして、その最低限の才能とは自分に出来ることを見つけることではなく、自分には出来ないことを発見できる目である。

 

 

 上記の本の中に、このようなことが書いてあった。
「あぁ、なるほど」と腹落ちした感情があった。

いままで自分は「なんでもできる」と思っていた。でもよくよく振り返ると「なんでもできるように努力していた」部分もあることに気がついた。


できない=悪だと思っていた。
だから、足が遅いなら学校から帰ってきて走ったし、悪い成績をとったら少し勉強した。できないことがあるなら、死ぬ気でできるようにしていただけだった。


友達とぶつかりそうになったら自分の感情を殺して、その場はうまく収めるようにした。それがいいと思っていた。なんでもできるのがいいと思っていた。


なのに大人になった今「なんでもできる」ことがとても重い足かせの様に感じる。できないことがわかれば、できることでやっていくしかない。腹もくくれる。コミュニケーション能力が低かれば、おのずと接客業は「やらない」という決断が下る。そういった感じで、「できない」ことがわかれば「出来ること」はおのずと見えてくる。



しかし、なんでもできるわたしはなんでもできるが故に、できないことがあまりわからない。だって頑張ったらなんでもできてしまうから。どこにいってもそつなくこなしてしまうから。そんな人多いと思う。


無意識で、どこかで無理して頑張ってきたようだ。でも意味がなかったと気づいた。どうやら日本の教育にも問題があるらしい。できない=悪じゃないけど、そういった刷り込みが大きい。出来る子が褒められる。みんなと仲良く同調できる子がいい子。平均を作るための教育なのかもしれない。変な話だ。誰が決めた。


だから、早いうちから自分の「できないこと」を見つけることをオススメする。「やりたくないこと」でもいいと思う。無理してできるようにしなくてもいいのだ。


だから、わたしはこれからは「やりたくないこと」を自分で掘り出していく。「やりたくないこと」を自分で選ばないでいけば、おのずと自分の「やりたいこと」「これしかできない」ことが見えてくるかもしれない。という、希望。

とりあえず今たしかなのは「逆上がり」はできないということだけ。
ってわりとメジャーなチョイスである。笑




ひさしぶりにダラッと書いたが『誰も知らない名言集』は声を出して笑うほど面白く、また、「こんな人いるんだ・・・」となんだか生きるのが楽になる本でもあります。
人は自由でいいんだなぁ。


下ネタが多いというか、ほぼ下ネタですが、リリーさんの哲学がたまにグッとくるいい本です。

増量・誰も知らない名言集 (幻冬舎文庫)

増量・誰も知らない名言集 (幻冬舎文庫)